幽霊だって家出します

「葉桜もまた乙なものねぇ」
 白玉楼の大広間から庭を眺めていた幽々子様が、しみじみとそう言った。
 その側で、この間枝に引っかけて穴を開けてしまった服の修繕をしていた私は、ちくちくと動かす手を止め、幽々子様の視線の先を見た。
「葉桜、ですか? でもまだ、だいぶ花が残っていて、葉っぱは少ししか見えないみたいですけど……」
 すると幽々子様はこちらを向き、いつもの笑顔で優しく言った。
「いいえ、妖夢。桜はね、これくらいの時期のものを葉桜っていうのよ。貴女が思い浮かべてるような緑一色の桜は、単に葉が茂っただけの桜よ」
 幽々子様は、色々な事に関して造詣が深い。私は、そんな幽々子様の傾けるうんちくを聞くのが好きだ。庭師であるはずの私が木に関して教えられるというのも変な話だけど。
「これくらいなら、三分葉桜といったところかしら。そうだわ、宴会を開きましょう」
「なるほど、これくらいが葉桜なんで――え?」
 幽々子様の唐突な話題転換に、私は一瞬置いてけぼりを喰らってしまった。
「せっかくの葉桜なんだから、大勢で楽しまないと損だわ。さあ妖夢、プリズムリバー達に話してきて頂戴。日程はあっちに合わせて構わないから」
 流れるように語り始める幽々子様に、私は慌ててストップをかける。
「ま、待って下さい。宴会ならついこの間も、桜が満開だーっ、と言って開いたじゃないですか」
 しかし幽々子様は、全く意に介さないように返した。
「あれは桜よ。今回のは葉桜じゃないの」
「で、ですがそう頻繁に宴会というのも……」
「いいじゃない、暇なんだから」
「……」
 駄目だ、もう何も言えない。
 結局の所、宴会を開くことは決定事項になってしまったようである。こうなったらもう、覚悟を決めるしかない。
「……はぁ。分かりました、プリズムリバーと日程を話し合った後に人を呼ぶことにします」
 気分は晴れない。宴会の何が嫌って、毎度毎度片付けは私一人になるのだ。嫌にならずしてなんになるだろう。
「ええ。お願いね、妖夢」
 けど、満面の笑みでそう言われてしまっては、もう断る事なんてできない。私は修繕の終わった服を丁寧にたたむと、側に置いてあった2本の刀を提げて大広間を後にした。
 やっぱり、私は幽々子様に弱いのだった。


 プリズムリバーの屋敷には、20分ほどで到着した。冥界と顕界の境界である結界を抜け、いくつもの雲を切って地上に降り、大きな山目指して飛んでいくと、湖の近くに古びた洋館を見つけることができる。そこがプリズムリバーの屋敷だ。
 宴会の度にここを訪れるのですっかり場所を覚えてしまったが、今日はなぜか迷ってしまいそうになった。
 実際、今も洋館の入り口に立っているが、プリズムリバー家を訪れたという実感がわかない。なぜだろうと少し首をひねってみたら、すぐにその違和感が判明した。
「音が……聞こえない」
 そう、いつもならば、湖の辺りにいるだけでもトランペットの音が聞こえてきたりシンバルの音が響いてきたり(リリカが出している音らしい)するのだ。それが今日に限って、シン……と静まりかえっている。
 留守なのかな? と思いつつも、とりあえず中へ入ってみることにした。
「おじゃましま〜す……」
 数段の階段を登って玄関のドアを開けると、しかし予想に反して元気な声が聞こえてきた。
「ああもう姉さんは! なんでなくしちゃうかなぁ、もう!」
「……ごめん」
「まあなんとかなるんじゃないの〜?」
 見れば、慌ただしく駆け回る3つの影があった。言うまでもなくルナサ、メルラン、リリカの3人だ。どうやら、何かを探しているようだった。
 とても忙しそうではあったが、私も用事で来た以上話しかけなければ始まらない。
「忙しいところすみません、妖夢ですけど」
 とりあえず、一番話の通じそうなルナサに話してみることにした。
「ああ、どうも。……今日は何?」
 つっけんどんな言い方だが、ルナサは悪い人間(霊?)ではない。口下手なんだろうと私は思っている。
「今度うちで宴会を開くことになったんですが、もしよければ演奏していただきたいなと」
「また? 確かこの間も……」
「ええ、ですが幽々子様はもう決めてしまったようなので。困ったものですよ、全く……」
 ……ちょっと、愚痴っぽくなってしまった。
 正直なところ、私が愚痴を言える相手は結構少ない。幽々子様相手になんてもってのほかだし、霊夢や魔理沙に話しても多分分かってもらえない。幽々子様をよく知っているプリズムリバーになら話しやすいのだけど、メルランはあまり人の話を聞かないし、リリカはうっかり話してしまうとマズそうな感じがする。
 そんなわけで、私はどうもルナサと話をすると愚痴っぽくなってしまうのが常のようだった。ルナサはルナサでメルランやリリカに振り回されているみたいだし、どこか境遇が似ているのかも。
 そのルナサは、しかし困ったような顔で言った。
「うーん……ちょっと今トラブルが起きてて、いつまで続くか分からないけど、その間演奏はできそうにないんだ」
「えっ?」
 意外だった。なにか慌てていると思ったら、演奏ができなくなるほどのトラブルが起こっていたようだった。
 大抵のことには動じないプリズムリバー楽団が演奏不能に陥る程のトラブルとは、一体何なのだろう。怪我? 病気? 不和? スランプ? あれ、そういえばさっきリリカが、「なくす」とか言っていたような。
「実は……」
 ルナサが口を開いたその時、横からリリカの鋭い声が飛んできた。
「ねーさん!! のんびり話してないで探してよ! 元はと言えば、姉さんがヴァイオリンをなくしちゃうのが悪いんだからね!」
 叫ぶと、リリカはまたいそいそと作業に戻った。
「……」
 沈黙。
 ……えーと、今、なんて……
「……そういうことなんだ」
 いや、そういうことって。
「なくしちゃったんですか!? あのヴァイオリン!?」
 それは確かに、演奏不能にもなろうというものだ。そもそも、簡単になくせるような代物ではないと思うのだけど。
「うん。朝起きたらなぜかなくなってた。なんというか、体の一部みたいな感じだったし、なくなったのは私も意外」
 意外……って言われても。なんだか、焦燥感というものが一切ないように見える。
「で……でも、見たところあの楽器から直接音を出しているのではないような感じでしたけど。それでも、演奏できないんですか?」
「できない。どうもあれがないと、調子が狂う」
 そういうものなんだろうか。でも、確かに私だって楼観剣と白楼剣をどこかに隠されて、代わりに別の刀で戦えと言われたら戸惑ってしまうかもしれない。
 とにもかくにも、このままでは状況が進まない。「演奏はできない」と言われてしまったのだから私はそれを幽々子様に伝えればいいだけなのだが、せっかくのプリズムリバーの演奏、私も楽しみにしていたのは確かだった。
「……はぁ。仕方がない、私も手伝いますよ」
「……え?」
 驚いたようにルナサが言った。
「私も手伝いますよ、ヴァイオリン探し。寝ている間になくなったということは、家の中にあるということでいいんですよね?」
「だと思う。……その、ありがとう」
 若干うつむきがちにルナサが呟く。
 ……まあ、白玉楼に戻ったところで今日の仕事はほとんどないし、少しくらいなら大丈夫だろう。
「それじゃあ、私はどの辺りを探せばいいですか?」
「うん、それじゃあ――」


 そこに幽々子はいた。
 たった数本の糸が織りなすハーモニーに満ちた空間。
 白玉楼の中ではこぢんまりとした8畳の部屋に、もう一人。目を閉じて、気持ちよさそうに演奏を続ける少女がいた。
 幽々子は優しい表情でそれを聞く。
 やがて演奏が終わると、少女は手にしたヴァイオリンを両手で持つと、可愛らしくぺこりとおじぎをした。
 ぱちぱちと拍手の音が響く。幽々子だ。
「素晴らしいわ。貴女、ヴァイオリンの演奏もできたのね」
 すると少女は、恥ずかしそうに体を縮こまらせた。
「無理言ってごめんなさいね。返す前に一曲演奏してくれだなんて」
「いえ、そんな……」
 恥ずかしそうにしたまま、少女は首を振る。
「それじゃ返しに行きましょうか、貴女の姉の元へ」
 幽々子は立ち上がり、少女を導いた。


「ごめんくださいな〜」
 2階の部屋でヴァイオリンを探していると、玄関の方から聞き慣れた声がした。
「え? 今の、まさか……」
 私は急いで1階に降りた。今の声、まさか……でも、こんなところまで来るはずが……
 玄関に来ると、プリズムリバーの3人は既に到着していた。そして、予想通りの人物がそこにいた。
「幽々子様……どうして、ここに?」
 幽々子様は、普段は面倒くさがって白玉楼からほとんど出ることはない。今日だって、私がいるのだからここまでわざわざ来る必要性なんてないはずなのに。
 だが、私は幽々子様の手に握られた物を見て更に驚いた。
「それは……ルナサのヴァイオリン!? え、どうして幽々子様が……!?」
 驚く私を尻目に、幽々子様は同じく驚いているルナサにヴァイオリンを手渡した。
「はい。もうなくさないようにね。この子も幽霊なんだから、ちゃんと扱ってあげないと家出するわよ?」
 家出……? なくなったのは、そんな理由だったというのだろうか?
「あ……ど、どうも、すみません」
 慌ててルナサがヴァイオリンを受け取った。
「よかったー……今度の演奏、間に合わないかと思っちゃったよ」
「ほら、なんとかなるって言ったでしょ?」
「姉さんは黙ってて!」
 言い合いながらも、やはりホッとした表情のリリカとメルラン。
「それで、演奏の方は大丈夫かしら? 一応、5日辺りを予定しているのだけど」
「あ、ええと……その日は、駄目です」
「すいません、太陽の畑でライブがあるんです」
 言葉の足りないルナサをリリカがカバーする。太陽の畑というと、あのヒマワリ畑か。もうそんな時期になっていたんだなぁと、しみじみ実感。
「あらそう? なら、6日はどうかしら?」
「あ……はい、それなら」
 ……そんな調子で打ち合わせは進み、私達はプリズムリバーの屋敷を後にした。

「それにしても幽々子様、よく家出した幽霊なんて見つけられましたね」
 帰り道、ふと気になったことを聞いてみた。
「ああ、あれ? 見つけたのは私じゃないわ。……全く、途中まで一緒に来たっていうのに、屋敷の前に着いたら急に『もういい』って消えちゃうんだもの」
 やや怒った調子で幽々子様は言った。頬をぷう、と膨らませる。
「……? 誰か、いたんですか?」
 幽々子様の、主語が欠けたような言葉を理解できず、尋ねてみた。
 すると幽々子様は、優しく微笑んで言った。
「ええ、いたわ。恥ずかしがり屋な、だけどあの3人を誰より愛する幽霊が、ね」
 それが誰なのかは分からなかったけど。
 幽々子様が楽しそうに微笑むのを見て、なんだか私も少し、優しい気持ちになった。



あとがき

 なくしものシリーズ第2弾、前回は幽々子様の帽子でしたが、今回は無謀にもルナサのヴァイオリンを紛失させてみました。
 頭が先程から睡眠欲求を点灯させているのでイマイチ頭が回っていませんが、一応書きたいものは書けたかな、と思います。
 とりあえず、ツッコミの来そうな箇所にあらかじめ補足をば。
 まず、本編中に出てきた謎の(でもない)少女はレイラです。レイラ・プリズムリバー。公式設定(妖々夢、キャラ設定.txt)にもちょこっと乗っている、プリズムリバー家四女にしてプリズムリバー三姉妹の生みの親ですね。
 プリズムリバーの話を書くにあたり、なぜか無性に彼女を出したくなってしまいました。
 とはいえ彼女も過去の人間。なんとかして出せないものかと考えた末、「じゃあ幽霊でいいじゃん」という結論に。
 それと関係のある二つ目ですが、本編に出てきたレイラは幽霊です。けして亡霊ではありません。
 より正確に言うなら、「レイラの死後にレイラから発生した、レイラの性格の具現である幽霊」ということになります。たぶん。
 なので、本編中では少女の姿をしていますが本来の姿は不定で、今回はたまたま少女の姿を取っていたに過ぎません。きっと、ヴァイオリンを演奏するために人型になったんだと思います。
 あと、メルラン空気でごめんなさい。リリカも割と空気でごめんなさい。今回はルナサの話だったんです。でもルナサの口調がマッチしてるのか激しく不安。

 ……設定を語ったら長くなってしまった。


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