「ねえ妖夢、私の帽子知らないかしら?」
幽々子様のその一言が始まりだった。
「え?」
見ると幽々子様の頭には普段被っている帽子がなく、牡丹色の髪がいつもより目を引きつけていた。その髪に、「今起きたところよ〜」と言わんばかりの寝癖がついたままなのはどうにかならないものかと思うが。
屋内にいても構わずに被り、寝るときくらいしか脱がないというのに、どうしてまた無くしてしまえるのだろうか、この人は。
「ご自分の部屋は確認されたんですか?」
「探したわよ〜? でも、タンスの裏にも畳の裏にもなかったのよねぇ」
「……」
どこを探しているんですか、どこを。
「普段置いてある場所にはなかったんですか?」
「いやだわ、普段置いてある場所になかったから、無くなったって言ってるんじゃない」
……ごもっともです。
しかし、そうなると心当たりは全くない。幽々子様の就寝中に部屋へ入った人物はいない(はずだ)し、そうなるとどこか別の場所で帽子を脱いだとしか考えられない。
昨夜の幽々子様は……と考えて、昨夜はたまたま幽々子様より早く寝たことに気付く。
しかし、物音がすれば起きる。そういえば、一度私の部屋の前を誰かが通って目が覚めたのではなかったっけ。
「幽々子様、昨晩私の部屋の前を通りました?」
「ええ、ちょっと夜の散歩でもしようかと思って。散歩は夜にするのもなかなか乙なものよ?」
返事の後半は無視して、再び思考にふける。
私の覚えている限りでは、昨日の幽々子様は帽子を被っていた。となると、帽子を無くしたのは私が寝た後になる。そして私の就寝後、幽々子様は外へ出かけた――?
「……って、幽々子様! 帽子、明らかに外へ忘れているじゃないですか!」
思考ポーズからがばりと顔を上げて言うと、幽々子様は扇子で口元を覆いながら言った。
「そうとも限らないわよ〜? 貴女が寝た後、私が台所や客間なんかに忘れたかもしれないわ。私、昨夜はふらふら歩いてたから。まあ、全部探したけど」
結局何が言いたいんだろう、この人は。
「ああもう! いいです、私が探してきますから、昨晩どの辺りを歩き回ったかだけ教えて下さい!」
半ばやけになってそう言うと、幽々子様は急に心配そうな顔をした。
な、なんだろう。私、なにか変なこと言ったかな……?
「妖夢」
「は、はい」
幽々子様がじーっと私の目を見つめてくる。な、なんだって急にそんな、売られた仔牛が荷馬車の中から元の飼い主を見つめるような目で私を……
「……朝ごはんは?」
「……」
無言で玄関に向かった。
「ようむー、ごはんー!」
「作ってあります!!」
背後からの叫び声(かなり悲痛)に同じく叫びで答えながら、私は傘を取って中庭に出た。
五月半ばを過ぎたせいだろうか。どこかまとわりつくような雨の日のことだった。
傘。
この傘は、ずっと昔から何も変わっていない。長い間、この形のままだ。
長いと言えば、私が幽々子様の下で働くようになってからそこそこの年月が経っている。そろそろ、私も一人前と言っていい頃だろうか。いや、私の中の半分の人間と半分の幽霊のそれぞれが一人前だったら合計で二人前になってしまうから、一人前になるためには人間と幽霊、それぞれが半人前でなければならないわけで。
つまり私は、まだまだ半人前、ということだろうか。
「……はぁ」
何を考えているのだろう。どうも、雨の日は無駄なことを考えがちだ。
私は雨が嫌いだ。幽々子様は「雨は雨で乙なものよ〜」なんて言っているが、私はどうも好きになれない。
雨で濡れた服は乾かさなきゃいけないし、雨で体が冷えたら風邪をひいてしまう。それに、雨で濡れた地面はぐちょぐちょで、その日は剣術の修行ができなくなってしまう。困ったものだ。
「……はぁ」
二度目のため息。私も苦労してるんだ、と自分を慰めると、気を取り直して帽子を探すことにした。
が、幽々子様に昨晩の徘徊先を聞いていないことに気付いた。幽々子様の「ごはん〜」にカチンときて出てきてしまったせいだ。
今更戻るのもためらわれる。……どうしよう。
まあ、白玉楼の外には行っていないだろう……それなら、普段の見回りと同じだ。そう、見回りをしつつ、帽子探しをしているのだ。
そう自分に言い聞かせ、私は再び中庭を飛び始めた。
「……おや」
中庭を半周ほど回ったくらいだろうか。
中庭に生える桜の中でもひときわ大きい、西行妖の根の部分に、幽々子様の帽子が落ちているのを見つけた。
「こんなところに……」
拾ってみると、西行妖が傘代わりになっていたおかげで、あまり汚れた様子はなかった。これなら少し洗濯するだけでまた使えるようになるだろう。
「……」
何気なく、顔を上げた。上げた視線の先にあるのは、西行妖の太い幹。
以前、私はこの桜を幽々子様に言われて咲かせようとした。冥界中の春を集め、顕界の春をも集め、最後には春と共に冥界にやってきた霊夢とも戦って――負けた。
結果として西行妖が満開に咲くことはなかったけど、幽々子様は「それでもいいわ」と許してくれた。
その件はそれで終了となったけど……結局、幽々子様の意図は分からなかった。
でも、許すと言ってくれた時の幽々子様は、なんだかとても優しい表情で西行妖を見つめていた。
それほどまでに――思い入れの強い桜なんだろうか。
「……ちょっとだけ、なら」
なにとはなしに傘を置き、幽々子様の帽子を胸に抱いたまま、西行妖の幹に背中を預けてみた。
そのまま、目を閉じる。
なんだか、時間がゆっくりと流れていくような感覚。
雨のザーザーという音と、それが地面に当たるしとしとという音。それらがなぜか、とても気持ちよく耳の奥に響いて。
とても、心地が良かった。
「幽々子様も……こうしてらっしゃったんだろうか……」
私には、幽々子様が何を考えているのか分からないけど。
何を感じて生きているのか、少しだけ分かった気がした。
結局その後、私は不覚にもうたた寝してしまい、危うく幽々子様の帽子を取り落とすところだった。
幽々子様も多分、西行妖の根本でうたた寝でもして、舟をこいだ拍子に帽子を落としてしまったんだろう。そうして気付かずに、家の中まで戻ってきた。
だけど……本当にそうなのだろうか? 舟をこいだ程度で帽子が落ちるとはちょっと思えないし、仮に落ちたとしても気付かないなんてことがあるとは――多分、思えない。
もしかしたら……幽々子様は、私にあの感覚を味わわせるために、あそこに帽子を置いてきたのではないか――そうとさえ、思えてくる。
「……考え過ぎ、か」
いくら幽々子様が何を考えているのか分からないと言っても、まさかそこまで考えてはいないだろう。そもそも、今日雨が降ったことさえ偶然なのだから。
でも。と、私は白玉楼へ戻りながら思う。
この一件のおかげで、雨が少しだけ好きになれた気がする――
余談ですが。
「あ、みょうむ、おまえり」
白玉楼へ戻ると、そこには口に食べ物を詰め込んだ幽々子様が――
「幽々子様っ!? わ、私の分は……?」
「むぇ?」
……私は、雨の日の幽々子様がちょっと嫌いになった。
あとがき
皆さん、雨は好きですか?
自分は嫌いではないです。音とか、雰囲気は好きなんですが、冷えたりとか濡れたりとかっていうのがどうも。
濡れること自体は嫌いではないのですが、出かける時に濡れてしまうとその後が大変なので、傘をさすなり合羽を着るなりしなくてはいけないのが面倒なのです。ハイ。
帰り道は別に濡れてもいいです。ただ、メガネが濡れると前が見えなくなるのが困りものです。
……とまあ、HP改装記念に白玉楼メンバーを書いてみました。みょんは俺の嫁。
なんで記念なのにいきなり雨なのかというと、改装日に雨が降っていたからです。HP名に雨が入っているのもそのため。
雨、というとどうも雰囲気が暗くなりがちですが、明るい面もあっていいと思います。暗い面ばっかりじゃかわいそうじゃないですか。(←そんな理由
晴れ、雨、曇り、雷。天気は全部、大好きです。
そんな人間になってみたい。