妖夢の日

「ここは貴様のような生者の来る場所ではない! 帰りなさい!」
 刀を構え、一喝する少女。
 それに対するは、
「クソッ、覚えてろ!」
 這々(ほうほう)の体で逃げ出す、男の妖怪だった。そいつは弾幕の余波でボロボロになった身体を引きずりながら、結界の向こう側へと消えていった。
 それを見届けると、少女――つまり私は、鋭く尖った殺気と刀を鞘へと納めた。
「ふぅ……」
 呆れたようにため息をつく。いや、実際呆れているのだ。
 それもこれも、あの隙間を操る妖怪のせいだ――


 魂魄妖夢。それが私の名だ。
 ここ冥界の管理者である西行寺家、そしてその御令嬢、西行寺幽々子様。私はそこに仕えており、故に主な仕事は幽々子様の身の回りの世話である。
 ……が、仕える家が家なだけに、副業とも言うべき仕事がたくさんある。
 まずは、西行寺家の庭の手入れ。なんと表現すべきであろう、海とも空とも言い難(がた)い広さを誇る庭園を、この家は持っている。その世話だけで一日の大半は持って行かれ、西行寺家の庭師というのが現在の私の肩書き有力候補だった。
 次に、冥界の警備。西行寺家が冥界の管理者であるため、その補佐として行っている意味合いが強い。……が、私は幽々子様が冥界の管理をしている様子を見たことがなく、仕事を全て私一人に任せているのではと不安になっている。
 他にも、西行寺家を訪れる客人のもてなし、冥界で行う宴会の準備、……などなど、まあ雑用と言ってしまえばそれまでの仕事が、たくさんある。
「……はぁ」
 この仕事に嫌気が差したことも、幾度かある。特に、今日のような闖入者(ちんにゅうしゃ)があったときのように、余計な仕事が増えたときなどはそうだ。
 しかし、この仕事は魂魄家に生まれた私の宿命であり、生き方だ。それを否定するのは、私自身の否定に繋がる。だから、嫌になることがあっても、せめてその中に一筋の楽しみを見いだせるようになれ。……と、以前幽々子様に諭された。実行できているかは……まあ、この通りだ。
「ただいま戻りました……」
 沈んだ声で、玄関戸を開ける。靴を脱いで下駄箱に入れ、とぼとぼと廊下を歩いていく。
 そもそも、闖入者がこんなに頻繁に現れるようになったのはつい最近のことだ。それまでは冥界と顕界の間にある結界がしっかりしていたため、闖入者などめったに現れるものではなかった。
 ところが、この間の春のことだ。幽々子様のご友人である八雲紫という妖怪が、冥界と顕界の間の結界を弱めてしまった。それによって冥界の霊は顕界へ飛び出し、顕界の住人が冥界へ闖入者として現れるようになってしまったのだ。
 まあ、元を正せば私の主人、幽々子様の仕業なのだが、さすがに主人を愚痴るのはどうかと思うので、ご友人のせいということにしている。
 ――結界、早く直していただけないものだろうか。
「……ん?」
 幽々子様の部屋の前を通ったときだった。何かに気付き、私は足を止めた。
 違和感の正体はすぐに分かった。もう日も暮れたというのに、明かりがついていないのだ。とはいえ、まだ日暮れである。ご就寝には若干早い。
 幽々子様のことだ。突然どこかへふらっとでかけたとしても不思議ではない。が、本当に出かけているのか、それとも気まぐれで眠ってしまわれたのか、はたまたそれ以外の何かなのか、確かめる必要はある。
 失礼と知りながら、私は部屋の障子を音が立たないように開けた。
「失礼します。……幽々子様?」
 果たして、部屋の中に幽々子様はいらっしゃらなかった。その代わり、反対側の障子に、月明かりに照らされた人影が映っていた。
「……はぁ」
 何のことはない、幽々子様は縁側に出ていただけだった。しかし、私がため息をついたのはそれが原因ではない。
 わざわざ明かりを消して縁側に出たということは、縁側に長時間出るということ。そして、風情を楽しみたいということ。
 つまり、何をしているのかというと――
「あら、妖夢。おかえりなさい」
 私の予想通り、そこには杯を傾ける幽々子様がいた。
「主人の部屋を横切るなんて、妖夢はいけない子ねぇ」
「……以後気を付けます。それより、何をしているんですか」
「いえ、いい月が出ていたものだから、ねぇ?」
 そう言って空を見上げる幽々子様。つられて私も空を見る。そこには、上弦とも満月とも言えない月が浮かんでいた。
「……まだ小望月(こもちづき)でもありませんが」
 すると、幽々子様は少し驚いたような顔で仰った。
「あら。妖夢は、望月でないと良い月ではないと言うのかしら?」
「……では、どのような月が悪い月なのですか」
「ただ浮かんでいるだけの月に良いも悪いもないわ」
 ……毎度、この人の話は理解に苦しむ。
「あるのはただ、人の心だけよ」
 そう言って幽々子様は、再び杯を傾けた。


「でェすからァ、ひゅうゆこさまはァ、もう少ひィ」
 ……気がついたときには、私はすっかりできあがっていた。
 幽々子様と、「妖夢も飲みなさい」「いえ、私は……」「主人の私が許すと言っているのに、飲めないというの?」という会話をしたことは覚えているのだが……それ以降が、どうなってこうなったのか、ちょっと覚えていない。
「あらあら、こんなになるなんて……思ったより、ため込んでたみたいね」
 幽々子様が何か仰っている。けれど、私の頭はがんがんぐらぐらしていて、それを聞き取っている場合ではなかった。
「わらひにたいしてェ、やらしくしてくれてもォ」
「あら妖夢、貴女やらしい方が好みなの? 意外だわ」
 ……幽々子様がなにやら驚いている。はて。私は何か変なことを言っただろうか。そもそも、私は何を言っているのだろう。
「きょーらってェ、あんなよーかいィ、べつにわらひじゃ、なくたってェ……」
 あれ、なんだろう。幽々子様が五人いらっしゃる。幽々子様、影分身なんて使えたっけ……
「ゆぅこ……さま……」
 私の目は、いつの間にか月を見ていて。

 いつの間にか、闇を見ていた。


「あらあら、本当に疲れていたみたいね」
 ……声が聞こえる。
「全く、従者が主人の前で寝るなんて……」
 声はとても嬉しそうに、笑う。
「これは、しかるべき罰を与えなければいけないわね」
 笑いながら、どこか困ったような声。
「……今日でなければ、だけど」
 声が近付いてくるのが分かる。
 耳元で声がする。
「誕生日おめでとう、妖夢。今日はゆっくり、お休みなさい」
 心地よい声が、私を包み込んだ――


「……さて」
 月明かりに、一つの人影が映える。
 背後にあるのは、従者の部屋。祝うべき従者の眠る部屋。
 それを背に、主人は立ち上がる。
「特別大サービスよ、妖夢。今日この時だけ、私が貴女の仕事を代わってあげる」
 一振りの扇子を手に、主人は十日月(とおかづき)の空へ舞った。


「……そ、それ……ホントなのかよ?」
 闇夜で声が蠢く。
「ああ……俺の手に入れた情報が正しければ、な」
 三つの影が邪念を話す。
「冥界の屋敷に、金銀財宝だと……?」
 男どもは闇に紛れ、夜を動く。
「一度は生意気なアマにしてやられたが……なあに、三人いりゃあんなヤツ、どうにでもなる」
 夜を我が物であるかのように。
「今度こそ、西行寺家のお宝は頂きだ!」
 闇が、自分たちだけの物であるかのように。
「――なるほど、そういうことでしたのね」
「!?」
 驕(おご)って。
 勘違いして。
 己(おの)が器を、測り損ねて。
「よければ、ご一緒に月見でも……と思ったのですけれども」
 欠けた月を背に、女は扇子を口に当てる。
「あ……あいつがお前がやられたヤツか!?」
 扇子を手に、眼(まなこ)を細める。
「ち、違う……誰だ、お前は!?」
 声が震えているのは、何故か。
 彼女の発する重圧を感じ取っているためか。
 己が器量を自覚したためか。
 既に自身の運命が閉ざされていると、知ったためか。
「皆様、わざわざこのような、音速の遅い地にまでようこそおいで下さいました」
 ぱしん。
 紫(むらさき)の扇子が閉じられる。
「ここは命を持たぬ、死人どもの集う地――」
 閉じたはずの扇子が、また開く。
「この地に、あなた方を正式にご招待致しましょう」
 女の背後に、開く。
 蝶が生き生きと舞うように。
 霊が辛うじて漂うように。
 夜の王は。
 闇の女王は。
 冥の申し子は。
「死を以て――」
 いつの間にか、扇子を、持って、いなかった。



「う……ん?」
 目を覚ますと、そこは私の部屋だった。
「あれ……?」
 おかしい。前日の記憶がない。
 いや、もちろん完全にないわけじゃない。幽々子様の酒盛りを発見した、その後からの記憶がないのだ。
「……っ」
 しかも、頭の奥に鈍い痛みがある。
 一体何があったのかと首をかしげながらも、私は身支度を調えた。
 頭の方はイマイチはっきりしないけれども。
 気持ちの方はなんだか、とてもすっきりしていた。


「……幽々子様……?」
 私は訝(いぶか)しむように、幽々子様をじっと見た。
「あらあら、どうしたの妖夢。怖い顔しちゃって」
「冥界の門付近に、その場から離れずガクガクと震えている霊が三体いるんですが……」
 いつものように冥界の見回りをしていたときに発見した。
 通常の霊はただふよふよと漂うか、陽気に騒いでいるかのどちらかなので、それはとても珍しい光景に映ったのだ。
 私にはさっぱり心当たりがないので、恐らく幽々子様の仕業だろうという結論に至ったのだが……
「あらあら」
 その霊を知っているのか知らないのか、幽々子様は驚いたような顔をした。
「死後も残るなんて、よっぽど強い恐怖だったのねぇ」
「……まあ、幽霊は死ぬ間際の感情が色濃く出ますからね。――ってそれより、幽々子様はその幽霊のこと、何か知っているんじゃないんですか?」
 すると幽々子様は、いつものように扇子を口に当てる。
「いやいや、妖夢」
 口は見えないが、幽々子様がこれ以上ないほどに笑っているのが見て取れた。
「私が、冥界の全てを知っているはずがないでしょう?」


 それでも。
 幽々子様なら、それもあり得るんじゃないかと思う、私がいた。



あとがき

 2009年妖夢の日(8月6日)記念の小説です。
 書いてから、「あれ? 妖夢に誕生日とかあったっけ……?」とか思いましたが、半分人間なので半分セーフでしょう。
 半分よかったよかった。

 そんなわけで突発的に書いてみたわけですが、……あれ? 途中から幽々子様メインになってね?



 こまけぇことはいいんだよ!(AA略



 そんなわけで、妖夢の日記念小説の幽々子様小説(何)、楽しんで頂けましたでしょうか。

 自分は、妖夢が好きというより、この二人の掛け合いが好きなのかもしれない。


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